2.05.2012

Dudley Reed

約20年前、スタジオフォボスに外人フォトグラファーDudley Reed氏個人から、
ロケアシスタントの依頼があった。
英語が少し話せるほうがいいということだったようだが、
顔見たときにグッモーニンくらい言っておけば、
少しくらい言葉はわからなくても余裕だろう。。
などと意味不明に軽い気持ちで、一人で帝国ホテルの指定された部屋に向かった。

ドアをノックすると、すぐにドアが開いたのでグッモーニンと言ったら、
ごつい手が握手を求めてきた。
すぐさま部屋に招き入れられて、
緑色のぎらぎらしたボーリングの玉のような塗装のどこにでもあるような
大きなトランクケースを開けてみろと促された。
ここで舐められると、2日間のお供の内容がまったく変わってくるので、
慣れた手つきっぽくトランクのロックを外して、中身をケアしてる振りをしながら慎重に蓋を開けた。

そこには、使い込まれたハッセルのボディと既に旧型になっていたCレンズ達が、
痛んですでに粉っぽくなりかけたウレタンに埋まっていた。
ぼこぼこに使い込まれた旧型の903と、
乱暴にパッキン代わりのように詰め込まれたミニカムの小型ストロボ達を見て、
瞬時に「こいつ、、できるな・・・お仕事拝見させてもらうぜ・・」と思った。

なにやら話しかけられたので
「シュアー、ノープロブレム」と答えた。

そしてその日にポートレートを一枚撮影して、
翌日にロケで風景を一枚撮ることを説明された。
まずは飛行機のミニチュアが欲しいということで、
某航空会社名を指定されたので、ホテルのフロントに確認したら
すぐ近くの日比谷に窓口があることがわかった。
まずは、手ぶらで航空会社のサービスカウンターで
大小二つの飛行機のミニチュアを手にいれてから、
機材を持ってその航空会社に向かった。

塗装がはげかかってグラスファイバーが顔をだしているぼろぼろのトランクも、
ゴルゴ13ほどかっこよくはないが、もちろん彼なりの理由があってのことだと理解しつつ、
途中で不用意に蓋が開かないように慎重に運んだ。

そんなに大柄でもなく、お腹はジーンズの上にぽっこり乗っかっていた。
やむを得ず、すこしシックな黒のジャケットを着ていたが、なぜか裏地が真っ赤だった。
実は、彼の顔をあまり憶えてない。
案外、世界をまたにかけて仕事をするゴルゴは、
もっと普通の顔をしているのかもしれない。


航空会社に到着して、話をすると、スムーズに普通の事務的な部屋に案内された。
いくつかの部屋を見せてもらったが、
彼は始めに案内された殺風景な部屋で撮影を行うことにした。
そして受付の女性が立ち去る時に、「1時間後に」と告げた。

彼がどんな写真を撮るかもわからないまま、「さて、、御手並み拝見・・」
と思いつつフィルムマガジンをだしていたら、
別のバックから大きな暗幕をだして、窓に貼るように指示された。

外光をカットして、普通の事務テーブルを部屋のセンターに据えて、
ミニカムの小型ストロボを逆光ポジションと顔にサイドから狙う位置になるように
テーブルのへりに大きなクリップで固定した。
荷物になるスタンド類をなるべく使わず、現場にある家具・備品をうまくつかって
ライトをクリップで固定する手法も彼のこれまでの経験によるものだろう。
そして立ち位置で両手をテーブルについて立っている私を
ファインダー越しに覗きながら三脚でカメラを固定して、
カメラバックの脇から、ぼろぼろの小さなバンドアー付きのタングステンライトを取り出した。
そして30センチほどの飛行機のミニチュアをテーブルの上においた。
何を始めるかと思ったら、彼は楽しそうにモデルの前のテーブルに飛行機の影をつくり始めた。
なるほど、、航空会社の重役のポートレートに航空機の影を落とし込むというわけだった。

撮影時間になって登場したのは日本人の方だった。
なんだか、撮るほうも撮られるほうも慣れた感じで、飛行機の影だけを微調整しながら
拍子抜けするほどあっという間に撮影は終わった。
おそらくレギュラーでこの撮影は行われているのだろう。

ポートレートに光や武器(小道具)で演出を入れるという手法は、
一歩間違うと、すこし恥ずかしいものになってしまうが、
モデルに特になにも言わずに淡々と静かに撮影することで
緊張感を与えるのも、彼の経験によるものだろう。
モノクロのポラは、航空会社の記号を写し込んだ
静かで緊張感のあるいい写真だった。

翌日、再び帝国ホテルを訪ねた。
何を言い出すかと思ったら、お寺に行きたいという。
思い浮かんだのは、浅草寺と増上寺だったが、
スケール感と空の抜けが良さそうな増上寺に案内した。
境内に入って、いきなりそびえ立つ増上寺に彼は満足したようだった。
そして建物を眺めながらひととおり見て周って、
空を大きく狙えるポジションに三脚を据えた。
ファインダーを覗いてカメラを固定したら、飛行機のミニチュアをスタンドから外して
50ミリのレンズの前にかざして、私の顔を見た。
「おっけい・・」彼のやりたいことを理解した私は飛行機のミニチュアを受け取って、
レンズの前で飛行機の後部を手に持って空を飛ばせた。
「ひゅ~~~~」効果音つきで飛ばせてあげたので少しうけていたが、
側からみたら変な日本人と外人である。
前日に撮影したポートレートとリンクさせるモノクロ風景写真だと思うが、
ビジネスシートに何時間も座って、国をまたいで撮影の依頼を受けてやってきた外人の
ユニークな撮影方法は、今でも私の引き出しの中に残っている。
ピントのあっていない空飛ぶ飛行機のボディと
増上寺のシルエットのポラはなんだか可愛かった。

一見、2日間ともさらっとした簡単な撮影のようであったが、
人物写真を生業とするカメラマン人生に、大きな影響をもたらしたと思っている。

撮影が終わり、ホテルに戻って、ギャラを受け取った。
彼は手のひらサイズの25ページほどの丁寧に印刷された作品集に、
その場でサインをして手渡してくれた。ポストカードも添えてくれた。
2日間で見た彼の仕事が、世界中でたんたんと繰り広げられていることに
羨ましさと嫉妬の思いで、日本語がわからないのをいいことに
「このやろう。。。。」と口にしたような気がする。

今では、数多くの写真集の中でも最も汚れた「写真集」になった。
それだけ、人の写真を撮る時に、どこまで演出をするべきなのか?
何もしないべきなのか、無意識にページをめくってきたんだと思う。

何気なく渡してくれた営業用の小さな作品集は、
時空を超えて私の中に存在している。

Dudley Reed HP

御元気そうである。
いまだ、フィルムにこだわって、きっとあのボロボロのハッセル達で
静かなポートレートを撮っているのか・・・

生まれも育ちもまったく知らず、顔も覚えていないけれど、
なんだかとても不思議な縁を感じるのも、写真のおかげである。

珍しく、辞書を片手に翻訳を書き込んでいる。
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